V.推計の方法と仮定

3.出生率の仮定

(2) 出生率の推計方法

 本推計では女性の年齢別出生率を推定するために、コーホート出生率法を用いた 注8)。これは女性の出生コーホートごとにそのライフコース上の出生過程を観察し、出生過程が完結していないコーホートについては、完結に至るまでの年齢ごとの出生率を推定する方法である。将来の各年次の年齢別出生率ならびに合計特殊出生率は、コーホート別の率を年次別の率に組み換えることによって得る。コーホート別の出生率を推計に用いるのは、それが年次別出生率に比べ、安定的に推移することが期待されるからである。たとえば、年次別出生率は出生年齢の変動に反応して合計値(合計特殊出生率)が変動しやすいのに対し、コーホート出生率では影響を受けない 注9)。

 本推計において、コーホートの出生過程は年齢別初婚率と出生順位別の年齢別出生率によって構成される。また、個々の年齢別初婚率・出生率は、関連する行動の特徴を表す指標(パラメータ)から生成できるよう、ある種の適合的な数理モデルを採用している。すなわち、コーホートの平均初婚年齢、生涯未婚率、完結出生児数、および各出生順位の平均出生年齢等をパラメータとして、一般化対数ガンマ分布モデルと呼ばれるモデルによって年齢別出生率を生成している 注10)。これにより近年のわが国の出生動向の特徴である晩婚化、晩産化、また今後見込まれる生涯未婚率の上昇、さらには夫婦出生力の低下や離再婚の影響などを反映したコーホート出生率を生成することが可能となっている。

 図V-3-4〜6に、本モデルによって生成された3つのコーホート年齢別出生率と実績値 注9)との比較を示した。今回入手可能であった平成17(2005)年までの実績値を用いると、(a)昭和35(1960)年生まれコーホート、(b)昭和45(1970)年生まれコーホート、および(c)昭和55(1980)年生まれコーホートに対して、それぞれ45歳、35歳、25歳までの実績出生率が得られる。

注8)「コーホート」については、前掲(脚注4)を参照。

注9) 丙午(ひのえうま)の年(1966年)の出生率変動などが例に挙げられる。同年、迷信による出生忌避により合計特殊出生率は前年の74%に減少したが、同時期に出産期を迎えていた女性世代のコーホート合計特殊出生率にはほとんど変動がみられなかった。

注11) モデルの推定に用いる出生率実績値は、1月から12月の出生数に対して7月1日人口を分母としているため、10月1日人口を分母としている人口動態統計の公表数値とは異なる。



 (a)の場合には、出生過程はほぼ終了していると考えられ、モデルによって推計すべき期間はわずかである。(b)では、まだ出生過程途上ではあるものの、モデルの実績への適合性は良好であると判断されるので、広くみられる出生率の年齢パターンの安定性を考慮すると、今後(36歳以降)の出生履歴がモデルの推計値から大きく離れることはないと考えられる。ところが、(c)のコーホートでは、実績値が少ないため、現時点までの実績値とモデルの適合性からは年齢範囲全体にわたる適合性の善し悪しの判断はできない。実際、(a)、(b)のケースでは機械的な統計手法(最尤推定法)によってモデル値(パラメータ値)を特定することができ、またその結果は比較的安定であるが、(c)のケースではそのような方法によって求めた結果は不安定であり、多くの場合結果を一意的に特定することは難しい。当然ながら、この傾向は若くて出生率過程の短いコーホートほど著しい。そのようなコーホートの今後の出生率を推計するためには、その不安定さを補うため何らかの仮定を外生的に与える必要がある。また、現時点で15歳に達していない年少のコーホートについては、そもそも出生率の実績が全く得られないのであるから、統計的手法によって将来値を決めることはできない。したがって、こうした年少コーホートあるいはまだ生まれていないコーホートに対してはその将来の出生過程全般にわたって仮定を設けることになる(これらの仮定設定の仕方については次節において説明する)。

 さて、以上のようにして一連のコーホートの年齢別出生率が推計されれば、年次ごとの年齢別出生率はこれを年齢ごとに組み換えることによって得られる。たとえば、2005年における15〜49歳の年齢別出生率は、1990年生まれコーホートの15歳の出生率、1989年生まれコーホートの16歳の出生率、… 、1956年生まれコーホートの49歳の出生率をつなぎ合わせたものである。このようにして推計期間のすべての年次について年齢別出生率が得られる 注12)。

 厳密には年次t 年の満 x 歳の年齢別出生率には、年次(t−x)年生まれと、年次(t−x−1)年生まれの2つのコーホートが関わるため実際の算出方法はやや複雑である。

V.推計の方法と仮定
 1.推計の方法
 2.基準人口
 3.出生率の仮定
  (1) 近年の出生動向
  (2) 出生率の推計方法
  (3) コーホート出生指標の仮定設定
   1)仮定設定の方法と参照コーホート
   2)平均初婚年齢と生涯未婚率の推定
   3)夫婦完結出生児数の推定
   4)離死別・再婚効果
   5)コーホート出生仮定値
  (4) 年次別出生率の推計結果
  (5) 出生性比の仮定
 4.生残率の仮定(将来生命表)
  (1) 近年の死亡動向
  (2) 生残率仮定設定の方法
  (3) 将来生命表の推計方法
  (4) 将来生命表の推計結果
 5.国際人口移動の仮定
  (1) 近年における国際人口移動の動向
  (2) 国際人口移動の仮定設定
   1)日本人の国際人口移動
   2)外国人の国際人口移動
   3)国籍異動について
 6.参考推計(超長期推計)について