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(1) 研究の目的
今日,世界同時不況の影響で,非正規雇用や失業の増大,若年者の就職難など,所得低下のリスクが高ま
り,単身高齢者世帯やひとり親子ども世帯の増加などの福祉へのニーズも一段と高まっている。こうした多
様なニーズに応える社会サービスの提供は,福祉国家はとして異なる段階にありながらもグローバル経済の
中で関連し合っている先進諸国と途上国双方の共通課題となっている。ニーズに応じた社会サービスを提供
する制度機構の在り方については,従来,大きな政府を許容するアプローチ(主に制度派経済学や社会福祉学)
と効率性を重視するアプローチ(主に自由主義的経済学派)との間で対立が生じてきたが, R.Titmuss(1976)
が政府によるニーズ充足の機構を経済市場と対比する概念として「社会市場」を提起し,さらに J.LeGrand
(1992)らが,対立を克服して政府がニーズ充足を経済市場の活用により達成する枠組みとして「準市場」概
念を提示した。ただし,福祉レジーム論では社会保障の太宗を社会保険に依存する国々も比較分析の対象と
することができるのに対して,従来の「社会市場」「準市場」概念に基づく分析は,それらが税財源による社
会サービス提供が中心となるアングロサクソン型の社会保障政策(Social Policies)を念頭に展開され,社会
保険は明確には分析対象とされていない。これに対して,福祉レジーム論では社会保障の太宗を社会保険に
依存する国々も比較分析の対象としている。従って,「社会市場」「準市場」概念の課題に応えながら,ニー
ズを充足する社会サービス(Social Services)提供の在り方について研究を進めるためには,福祉レジーム論
ひいては比較福祉国家研究の展開から学びながら,ニーズ充足を実現する社会サービス提供の規範的側面と
制度メカニズムを理論的・実証的に解明することが重要である。
このような問題意識に基づいて,本研究では,社会政策研究と福祉国家研究において重要な分析概念であ
る経済市場・社会市場・準市場の相互関係に着目しながら,先進福祉国家とこれを目指す国々(途上国)を
通じた社会サービスの共通性と個別性を析出するとともに,社会サービス提供の制度分析と福祉レジーム論
により発展した福祉国家研究とをつなぐ新たな社会保障政策の分析枠組みを理論的に構築し,これによって
提起される社会経済の変化に対応した社会サービス提供の課題と新たな枠組みによる社会サービス提供の効
果を実証的に分析することを目的とする。
(2) 研究計画
研究方法は,研究目的に従い,@「社会市場」と「準市場」という概念・分析手法の新たな視点からの再
構築を図るための前提作業となる先行研究に関する文献研究・有識者からのヒアリング,国際比較研究の基
礎となるデータ・ベースの作成,A福祉国家類型論とも関連させながら新たな理論構築を図るための国際比
較研究の実施,及びB新たな理論的枠組みに基づく社会サービスと国民経済との関係に関する実証的研究の
三つの部分から構成される。
初年度においては,この三つのうち@とAに重点をおき研究を進める。すなわち,「社会市場」概念を「準市場」
と対比して新たな視点から再構成するために,その前提作業となる先行研究に関する文献研究・ヒアリング
調査を行うと共に,次年度に行う先進福祉国家と福祉国家に向かう途上国双方を新しい視点から比較分析で
きるような各国の社会保障・社会サービスに関するデータ・ベースを作成する。そのために,とくに以下の
項目について研究を進める。
経済市場と対比して提起された「社会市場」と経済的交換を利用する「準市場」との関係を解明するために,
研究協力者の知見を得ながら,コールマンの社会的交換等の研究を踏まえて社会的交換と経済的交換の複合
的な場として「社会市場」概念を再構成し,これと「準市場」との比較研究を行う。
・ ニーズ充足の担い手が,政府のみならずNPO・ボランティアなどの社会資本にまで及ぶ社会サービスの
需給両面の変化を把握すること,こうした社会的交換の多様化・重層化を整合的に把握できる「社会市場」
「準市場」の概念と分析手法を拡張するために,社会サービスの需給両面における変化の実態に関するヒ
アリング及びこれらの実態に関する社会福祉学・公共経済学及び福祉国家論等の内外の先行研究の文献
研究を行う。
・ 「 社会市場」「準市場」・福祉国家類型論に関わる学界有識者へのヒアリングを行うと共に,研究会を適宜
開催し,社会学・経済学・公共経済学等の多角的視点から論点を持ち寄り,既存研究の課題を検討し理
論構築を進める。
・ 海外における社会サービスと福祉国家との関係,または社会サービスと経済市場・社会市場・準市場と
の関係に関する海外の学界権威者を研究協力者として招聘し,我が国の実情に関する実地調査を研究分
担者と共に行い,日本と先進諸国における社会サービスの社会経済的背景を共有しながら,社会サービ
ス提供の理論的枠組みに関する研究を行う。
(3)研究組織の構成
研究代表者 金子能宏(社会保障基礎理論研究部長)
研究分担者 山本克也(社会保障基礎理論研究部第4室長),武川正吾(東京大学大学院人文社会系教授),
駒村康平(慶應義塾大学経済学部教授),阿部 實(日本社会事業大学社会福祉学部教授),
佐藤主光(一橋大学国際・公共政策大学院教授),
圷 洋一(日本女子大学人間社会学部准教授),
森 壮也(日本貿易振興機構アジア経済研究所・主任研究員/ 開発スクール教授)
研究協力者 京極宣(名誉所長/(社)浴風会理事長)
(4)研究成果の公表予定
研究報告書を作成し,公表する予定である。