V 推計の方法と仮定
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4. 生残率の仮定(将来生命表)

(2) 生残率仮定設定の方法

 コーホート要因法を用いて人口の将来推計を行うために必要な生残率は、将来死亡率を推計して将来生命表を作成することで仮定する。一般的に、将来死亡率の推計には、大きく分けて、経験的方法、数学的方法、そしてリレーショナルモデルの3種類の方法が考えられる。

 経験的方法では、既存の人口によってすでに経験されている年齢別死亡率を用いる。死亡データの精度の低い発展途上国での平均余命の推定や将来推計のために、精度が比較的高い現実の生命表をパターンごとに分類して作成されたモデル生命表方式が一例である。モデル生命表は、現在でも人口統計の整備が遅れている国や地域での生命表を推定する際などに用いられる。

 現代の日本のように、平均寿命が世界的にみてトップクラスの水準の場合、経験的な値として参考とする集団が限られるのが経験的方法の難点である。これを克服するための一つの考え方として、複数の国や地域において年齢別に達成されている最低の死亡率を組み合わせて一つの生命表を作成する最良生命表がある。この最良生命表でもすでに実現されている年齢別死亡率を用いるので、将来生命表は到達可能な目標であり、きわめて現実的である。

最良生命表方式を日本全国の将来生命表の作成に応用するためには、都道府県別でみてもっとも低い年齢別死亡率を組み合わせる方法や、世界各国の生命表から年齢別に最低の死亡率を組み合わせて使用するなどの工夫を凝らす必要がある。いずれの生命表にしても、経験的方法では将来のいつの時点でこうした最良生命表が達成されるかを設定する必要があるが、一般にこれを特定とすることは難しい。

 数学的方法では、既存の死亡率統計の傾向を数学関数によって当てはめ、補外することで将来の死亡率を推計する。関数を当てはめるデータとして何を用いるかによって様々なバリエーションが考えられる。単純に将来の平均寿命だけを考えれば、平均寿命の変化そのものに数学関数を当てはめていくことも考えられるが、平均寿命からは人口の将来推計に必要な生残率を作成することはできない。将来死亡率を推計するためのその他の例としては、以下に説明するように年齢別死亡率補外方式、年齢別死因別死亡率補外方式、標準化死因別死亡率補外方式などがある。

 年齢別死亡率補外方式は昭和56(1981)年の日本の将来人口推計で採用された。年齢別死亡率補外方式では年齢のカテゴリ数に応じて複数の傾向線を当てはめる必要がある。

年齢別死亡率補外方式をより精緻化したのが年齢別死因別死亡率補外方式である。これは死因ごとに年齢別死亡率に傾向線を当てはめる方法であって、死因によって異なる時系列傾向が明確に把握できる利点がある。しかし、作業上はいくつかの問題点がある。死因や年齢をやや大まかに区分しても、例えば性(2区分)×年齢(5歳階級で18区分)×死因(13〜15区分)で500前後の当てはめが必要になるなど、大量の補外作業が必要となる。また、死亡数が少数の死因は安定性や規則性に欠けるために、関数の当てはめが困難になる。昭和61(1986)年、および平成4(1992)年将来推計人口では、年齢別死因別死亡率補外方式を簡略化した標準化死因別死亡率補外方式が用いられた。

手続きとしては、死因別に全年齢標準化死亡率の将来パラメータを推定したうえで、そのパラメータを一律に年齢別死因別死亡率に適用している。さらに、平成9(1997)年推計では年齢を4区分(0〜14歳、15〜39歳、40〜64歳、65歳以上)して標準化死亡率の将来パラメータを推定することでより精緻に推計を行っている。

死因別推計にはいくつかの課題もある。まず、死因統計分類23)が改定されることにより、死因の診断の連続性にたびたび問題が生じ、それを補正する手続きが必要となる。

最近では平成7(1995)年から第10回修正死因統計分類(ICD-10)が施行され、死因分類の仕方が変更された。

旧厚生省は、平成6(1994)年の死亡統計を第10回死因簡単分類130項目と第9回簡単分類117項目に再分類して第10回死因簡単分類と第9回簡単分類との比較表を作成しているが 24)、各年齢で有効か、過去に遡って妥当かなどの評価が必要である。死亡診断書の記述時に、社会通念や医師の考え方の影響により、特定の死因が忌避されたり、逆に好んで利用されたりといった事態が十分考えられ、そのような社会的な要因の変化によって死亡診断書に記述される死因が変わることがありうる 25)。また、診断技術の向上によっても死因の判定結果が変わることが考えられる。さらに、一定の条件のもとでは、死因別の将来推計は全死因にもとづく将来推計に比べて平均寿命を過小推計する可能性が一部で論じられている 26)

 経験的方法と数学的方法に対して、リレーショナルモデル法はそれらを折衷した方式と言える。リレーショナルモデルでは、いくつかの経験的な生命表の関係を少数のパラメータで数理的に記述し、そのパラメータを将来に向けて投影することによって将来の生命表を推計する。

 リレーショナルモデルとしては、ブラスにより複数の生命表の関係を記述した2パラメータのモデルが開発され27)、その後、高齢部分のモデルの当てはまりを改善するための試みなどが行なわれてきている28)。しかしながら、ブラスの方法では死亡率水準の変化を年齢ごとに変えて表現できず、一方、ブラスモデルを含め複数のパラメータを使う方法ではその分だけ推定パラメータが増えてしまう問題があった。

 年齢ごとの死亡率変化の当てはまりを改善しつつ、時系列パラメータを一つに抑えたモデルがリーとカーターにより発表され29)、各種の応用研究が行われている。リー・カーター・モデルは、年齢をx、時間をtとしたとき、



と表される。ただし、ここでln(mx,t)は年齢別死亡率の対数値、axは標準となる年齢パターン、ktは死亡の一般的水準(死亡指数)、bxは死亡指数の動きに対する年齢別死亡率変化率を表し30)εx,tは誤差項を示す。このモデルの利点は、一つのパラメータktのみで、年齢ごとに異なる死亡率の時系列変化を記述することが可能な点である。

平成14(2002)年及び平成18(2006)年推計においては、このようなリー・カーター・モデルの利点を踏まえつつ、わが国の死亡状況に適合するよう必要な修正を行った、修正リー・カーター・モデルを用いて将来生命表が作成されている。

23) The Bertillon Classification またはInternational List of Causes of Deathとして1893年にはじまり、現在「修正国際疾病傷害死因分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, ICD)」と呼ばれる。死因分類表には「死因基本分類表」、「死因簡単分類表」など目的に合わせていくつかあるが、詳細に関しては厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」を参照されたい。

24) 厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態統計課「第10回修正死因統計分類(ICD-10)と第9回修正死因統計分類(ICD-9)の比較」。

25) 例えば、須山靖雄, 塚本宏(1995)「死因の変遷に関する社会学的背景」『厚生の指標』第42巻7号, pp.9-15。

26) Wilmoth, J.R. (1995), “Are mortality projections always more pessimistic when disaggregated by cause of death?” Mathematical Population Studies, 5, pp.293-319を参照のこと。

27) Brass, W. (1971), “On the scale of mortality,” Biological Aspects of Demography, ed., W. Brass, London: Taylor and Francis.

28) 例えば、Zaba, B. (1979), “The four-parameter logit life table system,” Population Studies, 33, pp. 79-100.やEwbank, D.C., J. C. Gomez De Leon, and M. A. Stoto (1983), “A reducible four-parameter system of model life tables,” Population Studies, 37, pp.105-127.やHimes, C.L., S.H. Preston, and G.A. Condran (1994), “A relational model of mortality at older ages in low mortality countries,” Population Studies, 48, pp. 269-291など。

29) Lee, R.D. and L.R. Carter (1992), “Modeling and forecasting U.S. mortality,” Journal of the American Statistical Association, 87, pp.659-671.

30) 左辺が死亡率の対数値なので、正確には右辺の指数をとってはじめて年齢別死亡率となるが、ここでは説明の便宜上このように示した。


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