平成11年度 厚生科学研究費補助金研究

(政策科学推進研究)

16 厚生経済学の新パラダイムに基づく福祉国家像の再構築

(1 )研究目的

 従来厚生経済学においては,専ら帰結的観点から,とりわけ集計された社会的厚生という観点から,制度や政策の望ましさが評価されてきた。それに対して,本研究は厚生経済学の新しいパラダイムを確立し,それをもとに福祉国家の諸システムの目的・機能を再評価することにある。厚生経済学の新パラダイムを構築する試みに関しては,現在,欧米の数理経済学者を中心に組織的に進められている。彼らとの研究ネットワークを作ることが本プロジェクトの一つの柱となる。研究方法は以下の通りである。

(2 )研究会の構成員

主任研究者
鈴村興太郎(一橋大学経済研究所教授)
分担研究者
塩野谷祐一(国立社会保障・人口問題研究所長),後藤玲子(総合企画部第2 室長)

(3 )研究計画

3ヶ年プロジェクトの1 年目にあたる本年は,次の3 つの活動を中心に進める。  2 年目は,厚生経済学の新しいパラダイムに関する理論的枠組みをまとめ,最終年度は,それに基づく福祉国家システム像を構築する。研究書としてまとめ,刊行の運びとする。

(4 )開催状況

(5 )結果の公表

平成11 年度の研究報告書として公表。

17 先進諸国の少子化の動向と少子化対策に関する比較研究 (平成11 〜13 年度)

(1 )研究の目的

 日本の出生率は1970 年代半ば以降,人口置換水準を下回って大きく低下し,97 年には合計特殊出生率で1.39を記録するに至った。すでに四半世紀続いた出生率の低下(少子化)は,21 世紀の日本を,従来の予想をはるかに上回る超高齢・人口減少社会に転換していく可能性を大きくしている。日本では,「1.57 ショック」以後,少子化の背景の分析が各方面で進められてきたが,政府,自治体などではこのような少子化傾向に歯止めをかける,あるいは逆転する方策―いわゆる少子化対策―が模索されつつある。
 本研究では,このような時代背景と政策的要請の下で,1970 年代以降,日本と同様の少子化傾向を経験している先進諸国の出生動向と経済社会の動向ならびに社会政策との関係を,主要国について各国別に分析すると同時に,クロス・ナショナルに計量的に比較分析することを目指す。比較の方法は,国単位のマクロデータによる比較と,モデル世帯単位のミクロデータによる比較の二つの方法をとる。このような分析の結果,経済社会のどのような特性(例えば労働市場の柔軟性,性別役割分業意識の強さ),またどのような社会政策(例えば,女性の労働参画促進政策,子育ての経済的支援)が出生動向に大きな影響を与えているかが明らかとなり,日本の少子化対策の推進にとって大きな示唆が与えられ,具体的提言をひき出すことが可能となる。

(2 )研究会の構成員

主任研究者
阿藤 誠(国立社会保障・人口問題研究所副所長)
所外委員
津谷典子(慶応義塾大学教授),原 俊彦(北海道東海大学教授)
分担研究者
小島 宏(国際関係部長),西岡八郎(人口構造研究部長)
所内担当者
釜野さおり(人口動向研究部第2 室長),赤地麻由子(客員研究員)

(3 )研究計画

初年度(平成11 年度) 2 年度(平成12 年度) 3 年度(平成13 年度)

18 社会保障の改革動向に関する国際共同研究 (平成11 〜13 年度)

(1 )研究目的

 人口高齢化,経済の低成長等を背景に先進各国において社会保障の改革が進展している。それらの中には共通の政策もあれば,各国独自の対応も見られる。これらを今後のわが国の改革の参考にする際には,それぞれの国の既存制度や背景となる社会経済の状況を十分踏まえる必要がある。そのためには,当該国の研究機関との共同研究を実施することが最も有益な情報を得られる方法であると考えられる。
 今般,ドイツのベルテルスマン財団より,国際的な社会保障改革の動向に関する情報ネットワークへの参加を要請され,国立社会保障・人口問題研究所が同ネットワークに参加することになった。これを契機に,本研究は同ネットワークおよび二国間の関係を通じ,各国の研究機関との情報,意見交換を行うとともに,特定の社会保障に関するテーマについての共同研究を実施することを目的とする。

(2 )研究計画

 ベルテルスマン財団(ドイツ),NBER (アメリカ),世界銀行,RAND 研究所(アメリカ)などとの多国間および二国間の関係を通じ,各国の研究機関との情報,意見交換を行い,医療,年金,福祉等の社会保障分野における国際的動向を把握し,特定の社会保障分野のテーマについて共同研究を行う。
共同研究1
平成11 〜13 年度 ベルテルスマン財団(ドイツ)との「社会保障改革の動向に関する国際情報ネットワーク開発」先進諸国15 カ国における社会保障分野における改革の情報収集,比較分析を行う。
共同研究2
平成11 〜13 年度NBER (National Bureau of Economic Research ,アメリカ)医療経済研究グループとの「病院医療サービスの高度化(技術革新を含む)とその経済効率性(パフォーマンス)に関する実証分析」医療施設静態調査,病院報告,社会医療診療行為別調査等を用いて,病院の医療 サービスに関して日米比較が可能な経済効率性の評価指標を算出する。
共同研究3
(追加研究)平成11 〜13 年度「所得分配に関する国際比較研究」「所得再分配調査」等を用い て,日本の所得格差,再分配の状況を主要先進諸国と比較研究する。
共同研究4
平成11 〜12 年度「公的年金のfoundation に関する比較研究」

(3 )研究会の構成員

主任研究者
池上直己(慶應義塾大学教授)
所内担当者
府川哲夫(社会保障基礎理論研究部長),増田雅暢(総合企画部長),
尾形裕也(社会保障応用分析研究部長),阿部 彩(国際関係部第2 室長),
大石亜希子(社会保障基礎理論研究部第2 室長),金子能宏(社会保障応用分析研究部第3 室長),
山本克也(社会保障基礎理論研究部研究員)
ベルテルスマン作業班:
阿部 彩(国際関係部第2 室長),泉田信行(社会保障応用分析研究部研究員),
後藤玲子(総合企画部第2 室長),福田素生(社会保障基礎理論研究部第1 室長),
山本克也(同部研究員),森田陽子(客員研究員),佐々佳子(客員研究員)

(4 )平成11 年度研究実績

共同研究1
「社会保障改革の動向に関する国際情報ネットワーク開発」(平成11 〜13 年度) 先進国15 カ国の参加国からなるネットワークに参加し,過去3 年間の日本における年金,医療,介 護,福祉分野の改革を報告した。また,海外の研究者のための日本の社会保障制度の解説書「Social Security in Japan 」を作成した。
共同研究2
「病院医療サービスの高度化とその経済効率性に関する実証分析」(平成11 〜13 年度)
日本側研究者とアメリカ側研究者が数回にわたって,アメリカにおける医療成果分析の新しい方 法を,わが国に適用するための条件整備について議論した。その後,この条件に適したデータ・ ベース開発の準備作業を開始した。
共同研究3
「所得分配に関する国際比較研究」(平成11 〜13 年度)
平成11 年度は,データ使用申請および予備的分析を行った。本研究の中間成果の一部は「季刊社 会保障研究」に掲載することとなっている。
共同研究4
「公的年金のfoundation に関する比較研究」(平成11 〜12 年度)
海外における3 名の年金研究の専門家と年金改革について意見交換を行い,米・豪・スイスに他 の欧州諸国を含めた年金の改革動向と各国に共通する問題点を調査研究した。

(5 )研究成果

平成11 年度報告書にて,成果を発表。

19 保険者機能に関する研究プロジェクト (平成11 〜12 年度)

(1 )研究目的

 現在の日本の医療保険制度は国民皆保険を達成し,低廉な費用で大きな成果(低い乳幼児死亡率・高い平均寿命など)を達成してきた。しかしながら高齢化,経済の成熟化等の影響により制度疲労の様態を呈してきていることも否定できない。現行の医療保険制度の長所を残しつつ,21 世紀に向けて国民のニーズにより的確に対応した,より安定性の高い制度としていくことが求められている。このような状況に対応する政策手段のひとつとして保険者機能の活用が考えられる。医療制度において決定的な役割を果たす情報の収集能力の高さ等から,保険者の持つ機能を活用することは有効な政策手段たり得る可能性が高い。
 そこで,保険者が医療保険制度の中で果たしうる機能とは何か,またどのような機能を果たすべきかについて理論的・実証的調査,研究を行い,一定の政策提言を提示することが本研究の目的である。

(2 )研究会の構成員

主任研究者
山崎泰彦(上智大学文学部教授)
分担研究者・研究協力者
所外
池田俊也(慶應義塾大学医学部専任講師),遠藤久夫(学習院大学経済学部教授),
大森正博(城西大学経済学部助教授),
折本敦子グレイス(株式会社富士総合研究所公共システム総括部研究員),
加藤智章(新潟大学法学部教授),
住吉英樹(株式会社富士総合研究所公共システム総括部主事研究員),
滝口 進(東京女子医科大学講師),田中泰弘(社会保険診療報酬支払基金専務理事),
対馬忠明(新日本製鐵健康保険組合常務理事),
西田在賢(川崎医療福祉大学医療福祉学部医療マネジメント学科教授),
浜野恭一(東京女子医科大学専務理事),
深見 透(株式会社富士総合研究所公共システム総括部主任研究員),
福田素生(岩手県立大学国際社会人教育センター教授),
舩橋光俊(国民健康保険中央会常務理事),松山研治(萬有製薬株式会社経営企画室長),
盛宮 喜(株式会社日経メディカル開発顧問)
所内
尾形裕也(社会保障応用分析研究部長),府川哲夫(社会保障基礎理論研究部長),
増田雅暢(総合企画部長),泉田信行(社会保障応用分析研究部研究員),
浅野仁子(同部客員研究員)

(3 )研究計画

次の事項についての先行研究の整理を行い,理論的・実証的検討を行う。  また,本研究は非常に政策志向の強い研究のため,国内外の実状に関する正確な情報収集が必要であり,諸外国・日本における保険者機能の実態調査を実施する。
 これらの理論的・実証的検討,実態調査などの結果をもとに,最終的には,よりよい医療提供体制を構築するために保険者が果たすべき役割について,政策提言として具体的に提示することを目標としている。

(4 )研究会の開催状況

 毎月1 回ワーキング・グループ,隔月1 回本研究会を開催した。
 2 年度にわたる研究計画の第1 年度に当たる平成11 年度は,主に現実の制度に関する情報収集,研究会委員の既存研究による情報の共有化を図ることを主な目的とした。その概要は下記の通りである。

 (研究会での分担研究者・研究協力者による研究発表)

 (国内調査)  (海外実態調査)

(5 )研究成果の公表

平成11 年度の研究成果について中間報告書という位置づけで取りまとめ,公表した。

20 少子化に関する家族・労働政策の影響と少子化の見通しに関する研究 (平成11 〜13 年度)

(1 )研究目的

 わが国の出生数は,1973 年の年間209 万人を記録した後,近年に続く長期的な出生数減少が始まり,1990 年代に入ると年間120 万人前後の出生件数となった。一方,合計特殊出生率は,1970 年代前半まで2.0 を超える人口置換水準をほぼ維持していたが,1973 年以降低下を続け,1982 〜1984 年に一旦上昇の気配を示したものの再び低下した。そして,1989 年にはそれまで人口動態統計史上最低であった丙午(ひのえうま)年(1966 年)の1.58 を下回る1.57 を記録した。その後も多少の変動を示しながら低下は続き,1995 年には1.42 ,そして1998 年に1.38 と低迷を続けている。
 このような出生率の低下による子ども数の減少傾向,すなわち少子化現象は,それによってもたらされる人口減少や超高齢化,ならびに社会経済に及ぼす影響から,広く社会的関心を呼び,1990 年代に入ってから政府による本格的な少子化対策が実施されてきている。
 本研究は,「少子化」の要因を実証的な研究から解明し,政策的な含意を引き出すことを第一の目的とし,さらに,「少子化」の今後の見通しに関して知見を見いだすことを第二の目的として実施した。出生率に影響を及ぼす様々な要因のうち,本研究プロジェクトでは@初婚過程に関する研究(初婚モデル班),A女性の就労と出生の関係に関する研究(女子労働班),ならびにB多様な社会経済要因の社会経済モデル分析班(社会経済モデル班)の3 つの研究の柱を立て,研究を進めた。これらの研究を通じ,家族・労働政策と出生力の関係に関する研究と少子化の見通しに関する研究を実施した。

(2 )研究の概要

 各種の社会経済予測モデルについて将来の出生率予測への適用可能性を検証し,労働力ならびに労働政策と結婚・出生率のコーホート変動モデルの理論的研究ならびに実証モデルの開発研究を実施する。しかしながら,具体的に経済モデルを出生率の将来予測に適用する研究は限られている。それゆえに,@女子の労働供給(時間配分)の視点から結婚と出産・子育てを規定する経済モデルを構築し,実際のわが国の出生力説明モデルとして構築し,これを将来の出生率予測モデルとして応用発展を図る。A出生動向基本調査等の個票データを用い,結婚・出生のミクロ経済・社会モデルとして構築し,具体的な将来の生涯未婚率,年齢別初婚率,出生率の変動を検討する。
 さらに,コーホートの視点から社会・経済要因を内生化するモデル構築を考慮しており,将来の出生率予測に,新たな視点から接近しようとするものである。また,結婚ならびに出生行動をライフサイクル過程における逐次意志決定の動学モデルとして構築するための研究を行う。さらに,人口学的な出生率予測モデルと社会・経済学的な出生率予測モデルの接合を検討し,将来人口予測における出生率仮定の社会経済学的な説明モデルを構築する。
 本研究は3 年度計画の初年度にあたり,基礎的な研究に重点を置いた研究が進められたが,研究成果としては次の諸点が示唆された。すなわち,@結婚に対する人々の意識と初婚発生の関係をモデルとして定式化を試み,人口予測などで極めて困難であった「意識変化」と「結婚行動」の関係を定式化した。女性の就業との関係に関しては,A保育に関して,「保育所」の数的拡充が必ずしも出生率の上昇に結びつかないこと。一方,ゼロ歳児保育や保育時間の柔軟性の確保など需要者のニーズに適した質的向上の必要性が示唆された。さらにB育児休業制度に関しては女性の就業が進んだ職場で,育児休業の取得が進む関係が明らかにされ,男女共同参画社会の推進が就業継続と出生力の関係を改善している点を示唆している。また,Cパネルデータによる就業と出産との関係の分析では,女性の就業と出産はトレード・オフの関係にあることが確認されたが,女性の就業と出産の両立のための社会・経済的な環境作りが出生率上昇にとって欠かせない事が示唆された。社会経済モデル研究では,モデルの理論的な研究を行い,基礎的なモデル開発を行った。なお,研究結果の詳細に関しては,別途研究報告書を参照されたい。

(3 )研究の年次計画

初年度(平成11 年度)
既存研究ならびに先行の厚生科学研究成果をもとに分析フレームを設定し,モデルの基本設計を行う。
2 年度(平成12 年度)
小委員会ごとに研究協力者が,社会経済要因が規定する出生率ならびに結婚変動モデルを構築し,その有効性と実用性を検証する。
3 年度(平成13 年度)
小委員会において分析を進めるとともに,各手法に基づく出生率の社会経済的決定因に関するモデルを確定し,将来初婚率や出生率の予測を行う。そして,それらの各小委員会の成果を,全体報告書としてとりまとめる。

(4 )研究会の構成員

主任研究者
高橋重郷(人口動向研究部長)
分担研究者
大淵 寛(中央大学経済学部教授),樋口美雄(慶応義塾大学商学部教授)
所内研究協力者
西岡八郎(人口構造研究部長),小島 宏(国際関係部長),
金子隆一(総合企画部第4 室長),加藤久和(社会保障基礎理論研究部第4 室長),
小山泰代(人口構造研究部研究員),岩澤美帆(人口動向研究部研究員),
新谷由里子(国立社会保障・人口問題研究所客員研究員)
所外研究協力者
阿部正浩(獨協大学助教授),岸 智子(大妻女子大学助教授),
北村行伸(一橋大学助教授),駿河輝和(大阪府立大学教授),仙田幸子(獨協大学講師),
和田光平(中央大学助教授)
 主任研究者ならびに各分担研究者によって小委員会を構成し,研究協力者の参加のもと小委員会ごとに研究を実施する。小委員会は上記の目的に即し,@労働・経済の理論・実証研究,A社会経済学的出生率予測研究,ならびにB社会経済―人口モデル接合研究に分け研究を進める。分担研究者は,大淵 寛(中央大学経済学部教授),樋口美雄(慶応義塾大学教授)である。

21 高齢者の医療・介護に関する日英比較研究 (平成9 〜11 年度)

(1 )研究目的

 日本とイギリスの医療システムの大きな相違点としてプライマリー・ケアが挙げられるが,両国はともに医療費の対GDP 比が主要国の中で最も低いグループに属していることから,@その制度的要因,Aそれが医療サービスの効率性や質に与えている影響,B国民の医療制度に対する評価,C高齢者の介護サービスに対する政策的アプローチに関して日英共同で比較研究を行う。
 急速に高齢化が進展している中で,高齢者介護の在り方や医療と介護の関連について国民の関心が高まっている。高齢者の医療・介護においてどのような政策的option があるかを考える上で,他の先進国との共同研究を行うことは大変有意義である。特にイギリスのプライマリー・ケアが医療全体の効率性に与えている影響や低医療費が医療サービスの質に与えている影響については,日本にとってもきわめて重要な情報であると考えられる。

(2 )研究会の構成員

 主査:府川哲夫(社会保障基礎理論研究部長)
 委員:佐々佳子(社会保障基礎理論研究部客員研究員),Ray Robinson (LSE )

(3 )研究内容

 高齢者の医療・介護に関して,London School of Economics (LSE )をパートナーとして平成9 年度から3 年計画で比較研究を行った。
 平成9 年度は,日英両国における高齢者の医療・介護の現状について,高齢者の身体状況,living arrangement ,医療・介護サービスの利用状況等を既存の調査から比較可能な範囲で把握し,主に高齢者の医療サービスに関して,プライマリーケア・システムの日英比較,医療サービスの効率性と質の日英比較など,今後,掘り下げて比較研究を行うべき課題を抽出した。
 平成10 年度は,平成9 年度に抽出された重点課題についてLSE との共同研究を実施した。さらに,主に高齢者の介護サービスに関して,日英比較研究を行うべき重点課題の抽出作業を行った。
 平成11 年度は,平成10 年度に抽出された重点課題について共同研究を実施するとともに,高齢者の医療・介護に関して日英両国の共通点,相違点を総括した上で,両国のこれまでの経験からお互いにいかなることが学べ,どのような政策のoption があるか,その評価を含めて考察した。
 イギリスのNHS 改革ではプライマリー・ケアの分野にも様々な戦略的アプローチがとられている。イギリスで医療費増加の抑制が他の先進国よりうまくいっている理由は,医療サービスの大部分が政府が支払うNHS によっているため支出をコントロールしやすいからである。今後も医療費の増加が予想されるが,現行の財源調達方式が政府にとってもイギリス全体にとっても最も経済的であるとみられている。市場原理をどのように導入するかはそれぞれの国の制度的・思想的背景に大きく依存する。イギリスのNHS の効率化への道は,運営の専門化,供給サイドでの競争,交渉による契約による。改革は管理者と医療従事者,医療サービスの購入者と供給者の間の力関係を変えるために使われたが,ユーザーの力は根本的には強くなっていない。イギリスではミクロ・レベルの効率性が向上したかどうかはっきりせず,マクロ・レベルの医療費は上昇した。一方,イギリスのコミュニティ・ケア改革は日本より先に実施され,日本の在宅福祉施策にも大きな影響を及ぼしており,高齢者介護の分 野で両国がお互いの経験から学び合う意義は大きいと考えられる。

(4 )研究会の開催状況

2 カ月に1 回程度研究会を開催した。

(5 )成果の公表

 平成11 年度厚生科学研究費補助金研究報告書を作成した。その中の一部分は雑誌に掲載する予定である。

22 社会保障政策が企業行動とアジアの人口・労働問題に及ぼす影響に関する研究 (平成10 〜11 年度)

(1 )研究目的

 本研究は,わが国の少子・高齢化に伴う社会保障政策の動向が企業負担,ひいては企業の対外直接投資行動にどのような影響を及ぼすのかについて,投資対象国として中国を事例にとって分析を行う。これによって,わが国企業の活力を維持しつつアジア諸国の人口・労働問題の解決にも寄与することのできる社会保障政策のあり方を探ることを目的とする。

(2 )研究会の構成員

主任研究者
中兼和津次(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)
所外委員
木崎 翠(横浜国立大学経済学部助教授),丸川知雄(アジア経済研究所研究員),
今井健一(アジア経済研究所研究員),朱 炎(富士通総研経済研究所主任研究員),
荒井 崇(富士通総研経済研究所研究員)
所内担当者
尾形裕也(社会保障応用分析研究部長),金子能宏(社会保障応用分析研究部第3 室長),
増淵勝彦(同部第1 室長)

(3 )研究計画

 本研究は,次のような方法で進められた。平成11 年度に実施された項目は,4 (うち日系合弁企業へのアンケート調査)および5 である。
  1. 高齢化に伴う社会保障負担の増加が企業の福利厚生費や人件費に及ぼす影響について,時系列データを用いた実態把握を行うとともに,先行研究の文献サーベイを行った。
  2. わが国企業にとっての重要な海外進出先となっている中国経済の市場経済化の動向と人口・労働問題について文献サーベイを行った。また,中国企業の福利厚生制度や社会保障制度の改革に関する研究を行っている国内および中国の研究者による講演会を開催し,あわせて彼等よりヒアリング調査を実施した。
  3. 上記目的のために,中国社会科学院経済研究所および中国労働・社会保障部労働科学研究所に所属する研究者で,本研究のテーマに則した研究を行っている研究者のわが国への招聘を行った。
  4. わが国企業の海外進出先における人口・労働問題の実態を把握し,これに望ましい影響を与える形での企業進出を促進するような社会保障政策のあり方を検討するため,日中合弁企業と,これと競合する中国国有企業に対するアンケート調査を企画・実施した。これらの調査は,企業データを日系合弁企業と中国国有企業とで比較可能な形で作成することを念頭に,四川省・江蘇省において事業展開している100 社の中国国有企業(平成10 年度実施),および中国全国の162 社の日系合弁企業(平成11 年度実施)を対象に行われた。
  5. 本研究の目的である社会保障政策と企業行動の関係をより深く分析するため,現地調査を担当した研究機関,地方政府の社会保障担当部局,調査の対象となった中国国有企業などを直接訪問し,補足的な調査やヒアリングを実施した。

(4 )開催状況

 平成11 年5 月から12 年2 月にかけて7 回の研究会を開催した上で,12 年3 月に報告書とりまとめのための総括研究会を開催した。

(5 )研究成果の公表

 本研究の成果は報告書としてまとめられ,提出された。また,本研究に従事した各研究者は,今回の成果をもとに中国の社会保障制度について新たに論文を執筆する予定であり,それらは『海外社会保障研究』第132 号(2000 年9 月刊行予定)の特集「中国の社会保障政策」に収録され,刊行されることになっている。

23 縦覧点検データによる医療受給の決定要因の分析 (平成10 〜11 年度)

(1 )研究目的

 本研究の目的は,縦覧可能なレセプトデータを利用し,まず被保険者個人ごとの包括的な医療費受給状況を把握した上,それが被保険者の属性,地域要因にどのように影響を受けているかについて計量経済学の手法を用いて実証的に明らかにすることである。これまでわが国の医療費の分析は主としてレセプトデータに依存してきた。しかしながらレセプトデータは一カ月単位の診療内容のみが記載されているにすぎず,また,重複受診があったとしても名寄せが不可能であったため,分析から見落とされてきた。このようなデータの制約を取り除いて分析を行うことにより,より精密に医療受給を決定づける要因を探ることができる。

(2 )研究会の構成員

所外委員
鴇田忠彦(一橋大学経済学部教授),山田 武(千葉商科大学商経学部助教授)
所内担当者
尾形裕也(社会保障応用分析研究部長),山本克也(社会保障基礎理論研究部第4 室研究員),
泉田信行(社会保障応用分析研究部第4 室研究員)

(3 )研究計画

 本研究の今年度の研究計画は次のとおりであった。
  1. レセプトデータをベースとし,いわゆる疾病のエピソードを想定した上で医療需要の価格弾力性を推計する。
  2. いわゆる重複受診の実態について記述統計によりその要因を探り,その上で計量経済学的に重複受診を行う患者の行動について分析を行う。
  3. 外来薬剤一部負担制度の導入によりどの程度の医療費の削減効果が存在したかを分析する。

(4 )開催状況

 平成11 年度の研究会は各月1 度行われた。特に,12 月については本研究事業に関連する海外研究者招聘事業によって,ヨーク大学(イギリス)のセオドア・ヒッテリス教授を研究会にお招きし,12 月4 日,12 月11 日の両日に研究会を開催した。12 月4 日にはヒッテリス教授よりイギリスの薬剤一部負担制度に関する評価の研究について報告があり,12 月11 日には本研究班の研究成果に関して報告し,同教授より国際的な研究水準の観点からコメントを受けた。
 研究成果は平成11 年度厚生科学研究費補助金研究成果報告書としてとりまとめた。

(5 )成果の公表

 平成11 年度厚生科学研究費補助金研究報告書として公表を行った。

24 活力ある豊かな高齢社会実現のための方策に関する研究 (平成11 年度)

(1 )研究目的

 本研究では,高齢者の経済的状況について多角的に分析するとともに,元気で活動的な高齢者の実情や地域や社会で高齢者を支える取り組みも併せて分析し,ともするとネガティブに,また固定的に捉えられがちであった高齢者や高齢社会のイメージを見直し,高齢者の自立,高齢者に対するサービスの充実等を図ることで,豊かな高齢化が実現できる可能性を探る。

(2 )研究会の構成員

主任研究員
増田雅暢(総合企画部長)
分担研究者
白石真澄(ニッセイ基礎研究所),野口正人(三和総合研究所)

(3 )研究成果

 高齢者は平均的には豊かになっていると言われているが,これを検証すべく,様々な角度から分析を行った。確かに豊かな高齢者が多い一方で,一人暮らしの高齢者など低所得の高齢者も存在し,高齢者と一口に言っても,その年齢層,家族(世帯)形態等により経済状態の格差が大きい実態,さらにその中で所得保障制度が果たしている機能を明らかにした。
 また,健康で活動的で,社会参加活動等積極的に社会と関わり合いを持つ高齢者の姿と,こうした高齢者を支える自治体や地域での助け合い,ボランティア活動,NPO や民間団体などの活動等についても海外の事例も含め考察した。
 研究成果は,平成11 年度厚生科学研究費補助金研究報告書としてとりまとめた。

(子ども家庭総合研究)

25 晩婚化・非婚化の要因をめぐる実証研究 (平成9 〜11 年度)

(1 )研究目的

 1970 年代半ば以降,急速な少子化が続いてるが,その背後には若者の間における未婚化・晩婚化の急激な進行がある。本研究は,未婚化・晩婚化の背景を社会学的に多面的角度から究明することを目指す。具体的には,結婚を若者の人生設計=生活設計の一部ととらえ,若者の生活構造の変化という包括的・長期的規点と,生活の場としての地域という視点にたって,各種の社会調査を実施し,未婚化・晩婚化の要因を特定化するとともに,ありうべき政策提言を行うことを目的とする。

(2 )研究会の構成員

所外委員
井上 俊(京都大学大学院教授),坪内良博(京都大学教授),宝月誠(京都大学大学院教授),
原田隆司(甲南女子大学助教授,京都大学大学院非常勤講師),
吉田 純(京都大学大学院助手)
主任研究者
阿藤 誠(分担研究者,国立社会保障・人口問題研究所副所長)

(3 )研究の成果

平成9 年度:地域移動と生活設計
 未婚の傾向について基本的な事実を整理し,地域移動との関係について考察した。

  1. メディアで描かれる結婚は,個人の主体的な判断と,大都市部での生活が前提である。
  2. 現在の人々は結婚を強く自覚している。「結婚はしたい」と思っており,それを個人の生活設計の一部として絶えず考えている。
  3. 都市生活への期待は大きい。進学・就職の理由で移動を経験することが一般化し,継続されている。人生を送る場所,進学・就職に関する判断,結婚(相手の選択,結婚の時期など)を,個人(当事者)の判断としてとらえる傾向が顕著になってきた。その結果,現在の若い人たちは人生設計を確定できないまま加齢している。生活の場が一定せず,周囲との人間関係が結婚に結びつかない。周囲からの影響も弱くなり,結婚年齢が上昇し,未婚率も高くなっている。

平成10 年度:U ターンと生涯設計
 「U ターン」現象に焦点をあて,出身地域から大都市圏に移動して生活し,その後出身地域に戻った人たちの生活設計の変化を研究した。

  1. 移動の容易さ(利便性)と進学先・就職先の多様化に伴い,移動の選択は個人的なものとなり,特定の地域だけで人生を送ることは少なくなった。
  2. 最近の若者は,地元で生活したいという意識が強い。出身地で生活を続けること,出てもいずれは帰りたいという意識(U ターン志向)が顕著になってきている。
  3. 20 代で実際にU ターンした若者たちは,出身地でその後の生活を継続するものと考え,親との関係を意識しつつ,結婚をするケースが多い。就業の場が用意された場合は特にその傾向が顕著である。
  4. この背景には,生活基盤や交通基盤の整備により,日常生活圏が拡大したことが指摘できる。より広域の生活圏が人生設計の場として魅力を持つようになった。地方においても,大都市的な日常生活の魅力が,大都市圏と近い形で享受できるようになっている。
  5. U ターン経験者は出身地に対して愛着を感じ,地方の活性化を支え,大都市圏の人々との交流を進めている層でもある。

平成11 年度:U ターンとI ターン
 97 年度の地方から大都市圏への移動についての研究を踏まえて,98 年度のU ターン研究の継続を 行うと共に,新たに「I ターン」についての実証研究を行った。
 本年度の具体的な研究内容は,次の4 項目である。

  1. U ターンをめぐる意識調査の分析(98 年度の継続)
  2. I ターンをめぐるメディア(新聞・雑誌)の報道の内容分析
  3. 文献資料を用いた「新規就農」などI ターンに関する近年の動きの把握
  4. I ターン者を対象としたインタビュー調査

ア)全体的な傾向としては,10 代後半から20 代のはじめの時期(高校から大学の頃)に,その後に続く深い友人関係ができなかったことと未婚との間に関連性があることが推測される。 イ)メディア(新聞,雑誌)では,大都市での生活を否定的にとらえ,農業や地方の魅力を示し,新規就農を促進している。過疎,不況という地方,大都市圏それぞれの社会情勢だけからすれば,既に多くの移動が生じているはずのI ターンが,実際には成立しがたいことは,大都市も地方も個人が人生を送る場として同じ問題を孕んでいることを示している。 ウ)I ターン者は,いずれも現在の地域での生活に前向きではあるが,住み続けたいかどうかについては一様に「当面は」という傾向である。I ターン者は,完全な脱都会ということではなく,大都市と地方それぞれの利便性や快適性を的確に判断している。  現在の20 代から40 歳くらいまでの若年層において,自分の将来というものを自分で判断する傾向が非常に強いということである。出身地に留まることも離れることも,本人の判断・決断次第である。出身地に留まることについて,親や周囲からの圧力はほとんど見られないし,離れることを肯定している場合が多い。

26 子育て支援策の効果に関する研究 (平成9 〜11 年度)

(1 )研究目的

 少子化あるいは仕事と子育ての両立に対する社会的関心を背景として,実証分析の立場から子育て支援策のあり方を検討することを目的とする。保育サービスの需要面だけでなく供給面からもアプローチを行う。

(2 )研究会の構成員

分担研究者
浅子和美(一橋大学経済研究所教授)
研究協力者
椋野美智子(日本社会事業大学教授),駒村康平(駿河台大学助教授),
高橋桂子(新潟大学助教授),山重慎二(一橋大学助教授),
和田淳一郎(横浜市立大学助教授),鈴木真理子(岩手県立大学専任講師),
出島敬久(上智大学専任講師),前田正子(ライフデザイン研究所副主任研究員),
松田茂樹(ライフデザイン研究所研究員),新開保彦(第一生命経済研究所副主任研究員),
山本真実(日本子ども家庭総合研究所研究員)
所内担当者
福田素生(社会保障基礎理論研究部第1 室長),金子能宏(社会保障応用分析研究部第3 室長),
今井博之(国際関係部第3 室研究員),森田陽子(客員研究員)

(3 )研究内容

 平成10 年度実施の「女性の就労と子育てに関する調査」のデータを用いた保育サービス需要の分析に重点をおいた。また,平成10 年度社会福祉・医療事業団助成金による「保育サービス供給の実証分析研究事業」から継承したデータによって,市区町村による保育サービス供給をも分析した。

(4 )研究会の開催状況

第1回 平成11 年9 月20 日
「父親の育児参加の現状とその規定要因に関する分析」(松田・前田)
「“保育サービス供給に関する調査”について」(福田・今井)
第2 回 平成11 年11 月24 日
「イギリス・デンマークの保育サービス」(山本・森田)
第3 回 平成12 年1 月11 日
「保育サービス政策と女性の就業」(森田)
第4 回 平成12 年3 月13 日
「保育所充実政策の効果と費用」(山重)
「保育サービス供給コストの格差の要因」(今井)

(5 )研究成果の公表

 研究会構成員の学会発表等をとりまとめたものを『平成11 年度厚生科学研究(子ども家庭総合研究事業)報告書(第516 )』において発表した。

27 少子化対策に関する国際比較研究 (平成9 〜11 年度)

(1 )研究目的

 近年のわが国の出生率低下に影響を与えている制度的諸要因が,他の先進国ではどのように評価され,どのような少子化対策がとられているかを国際共同研究を通じて明らかにする。これらを踏まえて我が国の出生率回復に向けての望ましいポリシー・ミックスを提言する。

(2 )研究会の構成員

 以下の研究者による研究会を組織した。研究会の事務局は,国際長寿社会日本リーダーシップセンターが行った。
主査
伊部英男(国際長寿センター理事長)
委員
井口 泰(関西学院大学教授),金澤史男(横浜国立大学教授),
白波瀬佐和子(社会保障応用分析研究部第2 室長),都村敦子(中京大学教授),
府川哲夫(社会保障基礎理論研究部長)

(3 )研究内容

 各国の家族政策,税制,医療・年金,雇用の各分野における諸施策の中で少子化対策と考えられる政策とその効果について,日本にとって何が参考になり,どのような妥当性があるかという観点から国際比較を行った。
 1997 年度(1 年目)は文献レビューを基に,国ごとに比較研究すべきテーマの選定および分析の方向性を検討した。2 年目以降,国ごとに選定された個別研究テーマについて当該国の研究者との共同研究を実施し,掘り下げた研究を行った。その際,各施策の実行上の効果や,日本からみて関心の高い論点に焦点を当てた分析を行った。

(4 )研究会の開催状況

 2 カ月に1 回程度研究会を開催した。2000 年2 月28 日にはPolicy measures concerning low fertility in France and Japan というテーマでワークショップを開催した。

(5 )成果の公表

 平成11 年度厚生科学研究費補助金研究報告書を作成した。ワークショップのペーパーはIPSS STUDY SERIES 2000.1 として取りまとめた。

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